茶屋町この顔 第三回 藤原 尚之さん

 住んでいる人・仕事をしている人・商売をしている人
    茶屋町が、皆さんにとって良い町になりますように 

藤原 尚之さん
この5月より、北梅田地区まちづくり協議会、代表幹事に就任した藤原 尚之さん。
茶屋町に生まれ育ち、大学までの期間を過ごした。
「ちょうど私が小学生の頃、周辺の町の大規模開発が始まりました。今では想像もつきませんが、当時は長屋が立ち並び、そこにたくさんの人が住んでいました、ちょうど新御堂筋と阪急梅田駅の工事があったころです。
立ち退きが始まると、子供の数が一気に減り、2クラスが1クラスになったりと大激変の小学生時代でした」
その母校、旧梅田東小学校も平成元年には閉校となった。
藤原さんは、大学卒業後はサラリーマンとして就職、全国を飛び回る日々をおくった。
「時々、実家に帰ってくるたびに。町の様子が大きく変わっていくことに驚きました。以前あったあの建物がなくなっている。新しいビルがまたできている・・・などと」
そして実家のまわりも大きく変貌していく中、2006年、実家をビルに建て直すこととなり、それを機会に帰郷、弟さんとともに事業を興すことに伴い、勤務先は退職した。
藤原さんは、茶屋町に戻ってきて暫くしたころから、地域の活動を始めた。

←藤原さんが子どもの頃のまちの風景
 長屋や小さな家が、立ち並んでいる。

「もともと父親がずっと、地域のための活動に熱心だったんです。それを見ていたこともをあって、ごく自然に地域のことに関わるようになりました。自分たちでできることを、自分たちなりにやってみることから始めよう、と。このまちに住んでいる人は少ないのですが、店舗経営者や店長さん、また企業の皆さんたちと一緒に地域の活動に取り組んでいます。」

協議会は3ヶ月に1回、開催されている。
北梅田地区まちづくり協議会では、3ヶ月毎に幹事会が開催され、まちづくりのための意見交換などをしている。また、平成24年度には国土交通省の「民間まちづくり活動促進事業」に採択され、賑わいのあるまちづくりを実現するための支援を受けられることになった。まちでこういうことをしてみたい、このようなものがあればなど、まちづくりのための知恵を、協議会や、アドバイザーである都市空間研究所のメンバーらと知恵を絞っている。
「現在月1回のペースでワークショップを開いたりしています。実際に皆さんとまち歩きをしてみて、現地を確認しながら、このあたりにベンチがあったらいいなとか、案内板があればわかりやすいね、というような意見を交わしています。」 また、まちで行われるイベント時には、来街者にアンケート調査を行うなどして、まちづくり活動に熱心に取り組んでいる。

2008年には、“茶屋町・鶴野町を良くしたい、面白くしたい!”と願う地元有志が集まり「鶴乃茶屋倶楽部」を発足させた。住民・店舗経営者・ショップ店長らからなるこの倶楽部では、スノーマンフェスティバル、キャンドルナイトなどへの参加協力、梅田ミツバチプロジェクトとのコラボなど、様々な活動を行っている。
とくに、茶屋町にゆかりの菜の花にちなんだイベント「菜の花の散歩道」は、大きな話題を呼んだ。

←梅田東小学校メモリアルキャンドルナイト「心と灯りのバトンリレー」の様子

2012年夏に開催された「100万人のキャンドルナイト茶屋町ナイト」時には、鶴乃茶屋倶楽部主催で「梅田東小学校メモリアルキャンドルナイト」も同時開催。
再開発予定の旧小学校のグラウンドに、約1000個のキャンドルが並べられた。地元の方々や卒業生100名近くが訪れ、往時の写真のスライドショーを見ながら思い出を懐かしんだ。「心と灯りのバトンリレーがテーマでした。企画から準備、当日にはキャンドルを並べてくれる人、スライドを準備する方、演奏で盛り上げてくださる方々。まちの皆さん、またたくさんの協力者とともに取り組んだイベントでした。」

藤原さんにとって“良いまち”のイメージとは、“まちで顔を合わせた時に、皆さんが笑顔で挨拶を交わされる”なのだそう。“お互いがいい関係にあるまち”、ごくシンプルですよ」と話す。藤原さんは、さまざまな活動の場で、できるだけ地域の人たちとコミュニケーションをとることを大切にしている。

「まちとして、一体感ができるようにしたいと考えています。まちに住んでいる人、働いている人、商売をしている人、訪れる人、茶屋町が、皆さんにとって良いまちになりますようにと願って、これからも活動をしていきたいです。」




<了> 文責 椢原

鶴乃茶屋倶楽部facebookpage




このコーナーは、紹介制の人物数珠つなぎ。
次回は、藤原さんからのご紹介人物を特集します。
さて、どなたになるのでしょう。
第三回を、お楽しみに。