むかしのおはなし

茶屋町 むかしのおはなし


●鶴乃茶屋跡

むかしのおはなし 鶴乃茶屋跡

かつて茶屋町には、鶴乃茶屋・萩乃茶屋・車の茶屋という三軒のお茶屋があり、蕪村が当地で上の句を詠んだように、菜の花をはじめ、雪月花を愛でるお茶屋でした。
そのうち鶴乃茶屋は、黒塗りの壁に囲まれた上質なお茶屋であったそうです。
落語の「裏の裏」などには、このお茶屋で遊ぶ人々が描かれています。
鶴乃茶屋は「NU茶屋町プラス」のあたりに建っていたようです。
なお茶屋町も鶴野町も、この茶屋に由来した町名です。

●いにしえの高層建築 凌雲閣 (りょううんかく)

むかしのおはなし 凌雲閣

明治22年、旧梅田東小学校あたりに、展望台を持つ八角9階建ての凌雲閣という、当時としては珍しい高層木造住宅が出現。「北野の九階」と呼ばれ、人気を呼びました。
池(ボート)・温泉場・大弓場・料あ理屋で遊ぶ一大レジャーゾーンで、その南には小林遊園地がありました。現在も通りに、それらしい名残をみせています。
阪急ちゃやまちアプローズなどがそびえ、ショッピング・レジャーのまちになっているのも、このまちの伝統かもしれません。

●旧能勢街道

むかしのおはなし 旧能勢街道の面影をのこした町並み

茶屋町の中央を、旧能勢街道(別名 池田街道)がゆるやかなS字曲線を描き、南北に走っています。
この街道は、能勢の無漏山真如寺(能勢妙見宮)や、池田市、西国街道にも通じていた事から、江戸時代の大阪では重要な街道のひとつで、古典落語「池田の猪買い」にも登場します。

 

 

●綱敷天神社御旅社(つなしきてんじんしゃおたびしゃ)

むかしのおはなし 綱敷天神社御旅社

天神さまこと菅原道真公をお祀りし、俗に「北野天神」「お旅所」と呼ばれ、親しまれています。
社号の由来は、道真公が無実の罪で九州大宰府に流された時、お立ち寄りになられ、今を盛りを咲いていた紅梅に目を留められ、船の「艫綱(ともづな)」を即席の円座にして座られて、ご賞翫された事に由来します。
この時ご覧になられた梅から、梅田の名が生まれたとも言われます。